vol.7
甲子園の黙祷
2004/08/26
今年も8月15日の正午に成ると甲子園球場ではサイレンが鳴ります。
すれば、如何に白熱すれど、如何程の熱中すれど選手及び観客は手を止めて俯き、黙祷を捧げねば成りません。
調子の良かったピッチャーもバッターも、もしくは調子の悪かったピッチャーもバッターも
それぞれのペース何て知りません中断、手を休めて黙祷のブレイクを入れねば成りません。
終戦記念日なのです。
終戦記念日なのでその時間、甲子園に居る人々は全員、黙祷せねば成りません。
そんな光景がブラウン管から毎年毎年この季節に成れば映されるのですが
はて?現在この球児の黙祷以外の終戦記念日を感じさせる代表的な行為の絵が浮かびません。
自分が小学生の頃は夏休みになれば、かぼちゃワインやあさりちゃんの再放送に混じって
原爆記念日や終戦記念日になると、はだしのゲンやそれに似たアニメや実写映画が放送されていてそれはそれは恐ろしかったのですが
最近のテレビ欄からはそんな日本の戦争物語は見受けられません。テレビは「そこ」を今の人々になぞる事は撤退した模様です。
故、ニュース番組以外で日本敗戦の日を背負わされた球児の黙祷はこれからも代表してなぞり続けるのですが
さて、現場(甲子園)はその瞬間一体どれくらいの一体感なのか?どれくらいの雰囲気なのか?どれくらいの思いなのか?
感じずには居られない。ではでは、黙祷を、黙視黙認して参りましょう。
調べてみれば2004年8月15日の正午には第86回全国高校野球選手権大会
午前11時50分から始まる2回戦大会第9日第2試合、東海大甲府(山梨)対 佐土原(佐賀)が行われている模様です。
何と試合始まって直ぐに、野球実況者風に言いますと「選手達は立ち上がりから黙祷に捕まり」ます。
この最初に持って来る様にしているのは中盤や終盤に黙祷の中断を持って来ると試合への影響が大きい為の配慮でしょう恐らく。
黙祷を試合に持ち込んでおいての、試合への配慮、と言う「振り子の戻し」は好くある心です。

行って参ります。
大阪は梅田から阪神電車で数十分「甲子園」で下車。
降りてみれば車内に乗っていた殆どの人間がそこで下車しており
この第2試合に合わせた来場、恐らく「黙祷を意識して」と推理して
ひょっとしてね、ひょっとすれば。。。
毎年全国より遥遥参加の「黙祷マニア」の存在を投影させ下車する人々を見ると「黙祷マニア」、なかなかお年寄りからお子様、カップルから家族連れまでと年齢層幅広く浸透している模様です、と思い込み改札を出るとペットボトルのミネラルウォーター(クリスタルガイザー500ml)を凍らしただけの、その名も画用紙にマジックで殴り書かれた「凍った水」と状態が商品名と言うのを販売する露店が有りました。
何と大味な!と思うが恐らく甲子園名物「かちわり氷」から派生したものでここらでは常識の品物なのでしょう。

幾度も高校野球漫画で登場した緑の蔦纏う甲子園に着、はてどちらの席で?と巡らし「アルプスと言う名に引かれて」「勝敗の鍵を握るが故、皆を魅了する、3塁ランナーの近くへ」との意見を纏め「3塁側アルプススタンド自由席、500円」を購入しました。ちなみに外野は無料です。
入り口に並び、前の試合が終了して帰る「黙祷に興味の無いお客さん」とすれ違いスタンドに着くと後攻チームの応援団がアルプスを陣取っていまして、是は好運、応援が間近で!と今日の戦前戦後の目的を忘れて高ぶります。
グラウンドが整備され徐々にブラスバンドの応援が球場の心を馴らして行きます。
高校野球の応援、久々に意識して聴いたのですが、成る程噂では聴いていた「ひみつのアッコちゃん」や「ルパン3世」や「WE WILL ROCK YOU」までぐいぐいと引っ張る鼓舞感が全て、の全力投球が太股を突き立たせます。
そして、遂に球場に、球児現れノックにて体を慣らし終わった後、アルプスの応援団に挨拶の為3塁側アルプススタンド前へ訪れ、礼をするのですが
そんなものは、端から頭で理解していたのですが、知っていたのですが、球児は、当たり前ですが、子供でした!高校生の少年でした!
自分が幼い頃からブラウン管で一方的に認識していた高校野球の主役は、当然ですが年齢を追い抜きます。
漫画で慣れ親しんだ「明青の上杉達也」も「明訓の山田」も「墨谷の谷口」も「海峰のバツ&テリー」も「全力の不屈」も「星道の野球十兵衛」ももはや年下の男の子です。今更で、よくある話ですが。敢えて書きました。
一番前の席に座りキョロキョロと眺めていると小さなスピーカーからサイレンが空気に流れて震わし広まり試合開始です。
自分の居たアルプス3塁側は佐賀の人で埋め尽くされ態々遥々応援に駆けつけた同級生達はマウンドで活躍する知人を指差しながら「立ち上がりが悪いかもと言っていた」や「プロに成ればあいつに金を貸して貰おう」等、親近感を嬉々と口々に駄弁りながら手を叩いていました。
自分の席の後ろには何故か、(花火大会の後、火傷してみたいひと夏)の枕詞がぴったりの風貌の約中学生の女の子が携帯電話で「今な甲子園で野球みてんねん、うん、うん。」と試合を横目にお喋りに夢中です。
少しづつ得点を入れあって2回の表、黙祷の時間8分前に成りこの回で行われるな、と恐らく一人気を張り詰めながら試合を見ていると突然、電光掲示板に「只今より終戦記念日により黙祷を1分間行いますので皆様ご起立下さい」の様な内容が映し出され、選手は手を止め、応援団は手を下ろし、観客は立ち上がり、甲子園の電光掲示板に体の向きを合わせます。
すると、試合開始の時と同じであるが目的の異なったサイレンが空気に滲み始めます。
全員、俯き、目を瞑り、佇み始めます。
いや後ろから声が聞こえてきます、女の子の声、先程から見えない相手に話しかけているのは(花火大会の後、火傷してみたいひと夏)の枕詞がぴったりの風貌の約中学生の女の子です。
声量を落とした低い声で電話の相手に向かって「いや・・今・・みんな黙祷やねん・・」と。
黙にも祷にも成っていないその女の子と、後ろを向いて携帯のカメラを掲げている自分と目が合いました。
注意をされると思ったのかその女の子は受話器に耳を当てたまま咄嗟に目を瞑り、黙祷に入りました。

はい終了。
全員それぞれ、黙祷以前の状態に戻りぱっぱと再開、な感じで再開です。
ブラスバンドが鳴り、メガホンが叩かれ、球児がボールを見つめています。
何十年も続いて来た「甲子園での黙祷」は成熟して「無かった時間」と言う瞬間を見せてくれました。
それは昔、志村けんがテレビで、自分以外の人間の時間を止めて女性の体を触りまくる時間、と同じ時間でした。
1年525600分の中の1分は兵庫県にある野球場、甲子園ではカウントされておりません。
そんな場所がその日に「有る」と言うのが「甲子園の黙祷」なので有ります。