「一人のつもりじゃ、無かったんだけどね」 女は、口に出したかは分からないが思い出し、しかし、その台詞を少し追い払おうと思った。 今日の様に空が広がった日には、気持ちもそこに合わせたいと思うタイプである。 そんな事を頭に過ぎらせ絵空に流れながら歩いていると、左の風景から人の声が聞こえた。 「すいません。」 声の方向に目をやれば交差点角の自動販売機が現れ、少年が自販機とセットに成って見えた。 立ち止まれば、説明が始まった。 自販機を見上げては辺りを見回し、探していたらしい少年は女を見つけ、一度怯み、そこから振り子の様に勇気を出し 親戚やテレビから憶えた範囲の敬語を思い出してなぞり、演技の雰囲気に頼りながら堅い声で発していた。 声によって絵空から現実に戻された女は会話の途中に加わるような気持ちで傾けると、 主語と述語一方が抜けていたり、交差していたりする少年の言葉からでは全ては理解出来ないが、 状況を見て推測するに、少年の背丈では自動販売機の上下二列の上のボタンが押せない、 下の列は、「あったか〜い」の飲料と冷たいコーヒーしか並んでおらず、その上の種類の冷たい飲み物が欲しい様子であった。 女は「あ、はいはい」と理解して、少年の小銭を受け取り、 しかし、彼女の勝手な判断で上の列のミルクティーのボタンを押し、少年に対して友達の様に「ほら」と軽いタッチで手渡した。 少年は本当はコーラが飲みたかったのだが、自分の説明不足を認識していた事と、彼女の親しげに手渡す雰囲気に乗せられ、 突然の歩み寄りのバトンと成ったミルクティーの違和感をそのまま流した。 しかし、その「咄嗟に早く成った関係」に「乗った」少年は違和感に再び怯んだ為か、既に「役」に入った為か、お礼を言うのは忘れていた。 「一人?」 女によって変えられた、馴染んだ空気に便乗している少年は温かい気温の為からか、 より後味の残るミルクティーを飲みながら目を合わせずに質問した。 恐らく、少年の中でミルクティーは、コーラより大人の飲み物と言う印象が有る為、相手が女性で有った為、 普段は滅多にしない「質問」に踏み切った、と思われる。 当然、少年の中で「質問する事」は大人のイメージで有る。 質問=気を使っている証拠=大人で有る。 女は無意識に自身が変えた空気を自覚していないのと、少年が礼の一つも言わ無かった事と 大人びた仕草と質問に、少年の生意気さを感じる彼女自身の大人気無さを感じながら、 旅の浮き足だった気分の勢いで「一人のつもりじゃ、無かったんだけどね」と目線を並べて台詞を唱え、 しかし、馬鹿馬鹿しくなったのか、そのまま自己暗示で言葉に酔ったのか、台詞がきっかけと成り坂道の方へ歩き出した。 坂道に面した家達はどれも庭が広いので景色は見渡す事が出来、気分良く、頭の中に涼しさを感じながら歩くと 先程のやり取りで、彼女が考え事をしていたおかげで少年に聞きもせずミルクティーを選択した失敗に気づいた。 ボタンに背の届かない少年がこの清々しい天気の下でミルクティーを飲みたい訳が無い、 もっと喉をスッキリさせる飲み物が欲しいに決まっている、と思うと、 少年を入れたその風景の中でミルクティーが間違い探しの一つみたいで、 それを知りつつも受け入れて飲み続ける少年が間抜けで可笑しくて可愛く思えた。可愛く思う気持ちの発生は自己にも投影され、 私はこういう失敗が多いな、とも思った。それは彼女の中ではチャームポイントに分類されても居た。 そう感じながら歩き、再び別の考え事を相変わらず始めた。 彼女の考え事と言うのは、それは頭の中で整理を付ける考え事では無く、次から次に連想し思い出しているだけで それは頭の中に有る引き出しを開け散らかしているだけなのだが、それが彼女の考え事と言う事に成っている。 その為、何時も自分は考えていると思ってる割に纏まってなくて、相手に説明しきれない事が多い。 説明しきれずにいると段々面倒くさく成って突然説明する事を辞めて相手から去る時が多い。 故、こうして一人で歩いている事が多く、そうしていると整理の付いていない荷物の様な断片が手当たり次第に浮かぶ。 この場所を選んだ理由も、この場所で歩いている理由も連想してそうなったので、その初めが遠くて思い出す気になれない。 そういう思考をさっぱりとしたくて知らない土地に気分を入れ替えに行く様な分岐点が多い。 しかし、実際は知らない景色を記憶させて帰って来るだけで今までの上に積んで増やしているばかりである。 相変わらず絵空を巡らしながら坂道を登っていくと上から割腹の良い、 手際よく家族の料理を作る光景が想像出来そうな感じの叔母さんが笑いながら手を振って降りて来る。 叔母さんの出現が彼女には不意でも有り、タイミング良くも有ったので、その視線が何となく、 もしかして自分に注がれているのでは?と思い、しかし、こんな場所であの年齢の女性と知り合いなんて有る訳無い、 が何だかどうして、無視して良いものか? (ひょっとすると)と思い、女の目で「私?」とアピールしながら近づいて行った。 思い切って手を振り返して見ようかと躊躇し動揺しながら、考えあぐねて、 徐々に迫る距離から思い切って振り替えそうと手に力を入れた途端、 「おばちゃん!あ!」と彼女の後ろから子供の声が走り去った。 自動販売機の前の少年で有った。 彼女は先程、自分に対して取った態度と打って変わっての子供らしさに、間違い探しの滑稽さを便乗させ、微笑ましく思った。 故、叔母さんの笑顔の相手が自分では無かった事実の恥ずかしさは忘れていた。 ミルクティーのペットボトルを片手に走る少年と叔母さんの距離は近くなり、 二人が出会った時の、エンディングの様なやりとりを温かく想像しながら、眺める彼女も近づいて行った。 少年と叔母が出会った時、其処に当然加わるつもりであった。 そうだ、爽やかな飲み物を渡してあげよう、と思いつき自販機を探し、駆け寄り、 彼女の好みでは無いが子供なら是、と炭酸飲料を屈んで取り出しながら二人を眺めた。笑みが口元を伸ばした。 距離を縮める二人、しかし、叔母さんは少年が近づき、存在がはっきりするにつれ笑顔が消え、 少年と目の前で出会うと、途端に少年を平手で打った。 頬と耳と頭が同時に打たれる音が響く。 3人の足が止まり、強張る。 「あんた、勝手にお金使っちゃいけないっていってるでしょ!」 叔母は仕付けた。 その声は、彼女を立ち止まらせ、片手に持つ炭酸飲料を後に回した。 少年のミルクティーの当事者で有る彼女は叔母さんと少年の横を通り過ぎる事は考えられず、 動揺して、後に隠した炭酸飲料の緊張が全身に伝わって思わず背を向け坂道を下った。 危なかった、と炭酸飲料を眺めて何故か(自分は、ばれなかった)と感じながら人事だと言い聞かせ強張りを緩和させ、坂を下った。 遠ざかりたかった。どんどん勢いがついた。坂道は下らせる事を味方している様に女には思えた。坂道に肩を押されて応援している様に思えた。 このまま、この勢いで空港まで行って帰れば、散らかった絵空を忘れる為に訪れたこの場所に、 自販機に、少年の背丈に、天気に、ミルクティーに、叔母さんに、平手に、分散して紛れ込ませば置いて行けそうな気持ちになった。 同時に、不法投棄している様な気分も咎められた。ならばいっそうの事是も、と思い手に持った炭酸飲料も道端に立てて去った。 振り返る気も無い彼女は、相変わらず私はこういう失敗が多いな、と思った。 それは彼女の中ではチャームポイントに分類されて居る事に気づいて色々連想的に思い出しそうになって躊躇して閉じた。 浮かべる絵空は頭の中にもう、無い筈だし、と即座に付け足せた。 「一人のつもりじゃ、無かったんだけどね」 飛行機が地面から離れる間際に思い出し、繰り返した。 思わせぶりな台詞に酔いしれ、そこから辻褄を合わせて絵空を浮かべて行く一人遊びが帰路から再び始まった。 彼女は是を「チャームポイント」だと思い続けている。